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3カ月で偏差値38→65に上げて英語嫌いが国連を目指すまで

2020年4月28日

この記事では自己紹介を兼ねて、 私が今まで人に言ったことがなく、今までしてきた、人に言いたくなかった恥ずかしい挑戦と挫折の繰り返しをまとめました。

この記事を読むことによって挑戦するのが怖いと思う人に挑戦するきっかけを与えたりあなたの人生に刺激を与えることができます。

初めまして、日本人とカザフ人のハーフで現在学費無料のアメリカ大学「University of the People」にて学士を目指しながら語学勉強(英語・ロシア語・フランス語・イタリア語)をし、旅もたくさんしているサクライパンダです(@Pandasakurai1)です🐼 

このブログを通して、自身の経験を基にUoPeople・アメリカ留学・チェコ留学・オペア留学・旅行知識・語学学習、海外に関する情報を発信します!また、海外移住や旅行が好きなため、その時に必要だった情報等も発信します🐼

読者の方には最終的に私が国連で働くことを目標に日々挑戦していく過程を楽しんでいただけたらなと思います🐼

プロフィール

性別:女
年齢:22歳(2020年3月時点)
言語:日本語(第1言語)、ロシア語(第2言語)、英語(第3言語)、フランス語とイタリア語学習中
在住国:日本、カザフスタン、アメリカ、フランス、チェコ
これまでに旅した国:韓国、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、チェコ、ハンガリー、オーストリア、スロバキア、セルビア、クロアチア、モンテネグロ、ジョージア、アメリカ、アラブ首長国連邦等
資格:オープンウォーターダイビング、運転免許
好きな事:バスケ、ピアノ、サックス、ヨガ、語学学習、旅行、スカイダイビング、パンダ、バナナ

短期目標:UoPeopleのBusiness Administration学士取得 (2021年8月)
中期目標:①学士取得後にブログ・フリーランス・語学(翻訳)・プログラミング関連での仕事を見つける、国際ビジネス展開も検討中
     ②ヨーロッパ移住(具体的な場所はまだ決まっていません)
     ③自分のスキルで社会に貢献する
長期目標:国際機関で自分の国際経験と語学力を生かし社会問題を解決していく

中学受験を試験3カ月前に決意

あなたは今までにどれ位死ぬほど挑戦し、挫折してきましたか?

というのも、上の様な壮大な目標を抱えていますが、13才の時に受けた全国模試の算数で偏差値38を取り他の科目も45程度で、小学校6年生ながらにして未来への希望を失っていました。

しかし、バスケ初心者なのに某バスケ強豪校でバスケをしたいという情熱から中学受験をきっかけに偏差値を総合的に65に上げ、中学受験決意して受験日までわずか3カ月という短期間で志望校に合格。(当時その学校の偏差値は58程度)

「これの通りに勉強すれば合格する」と父が言い作成してくれた毎日の細かい目標が書かれた「学習カレンダー」を信じ、毎朝4時に起きて算数の計算問題と入試の過去問をひたすら8時まで解き、歩きながら通学中の15分で1000枚以上の「四字熟語」と「歴史対策用の年の語呂合わせ(794うぐいす平安京等)」を暗記、個人塾で先生に質問をしまくる、漫画で日本史と世界史を速読して流れを理解、毎日使うゲキ落ち君の消しゴムには「絶対合格」の文字を書き3個使い倒す、毎晩の日記で「合格した後の楽しい学校生活の想像」を書き「絶対に合格する」と自己暗示をかける等の努力をして3カ月という短期間で、Xを使って算数の問題を解いてはいけない等制限がある難関な中学受験を突破しました。

しかし、念願の合格を手にしたものの朝4時に起き、片道2時間かけて通学し朝練に行き、成績良好を維持しなければ試合に出してもらえないので中学受験中並みに毎日勉強、運動部ならではの上下関係や、走りの速さが取り柄のバスケ初心者がバスケ強豪校で行われる厳しい練習(20km走る、水休憩5秒、バスケコート28m×2+14mを10セット等)、母が仕事で夜遅く帰ってくるのに早朝にお弁当を作っている姿や私立の学費を払う共働きの親が苦しむ姿に耐えられず、父に泣きながら公立の学校へ編入したいとお願いしました。

未知のカザフスタンへ英語力0で渡航

その後、公立の中学に編入してわずか6カ月で父親のカザフスタンへの転勤が決まり、英語力0の状態で中学2年次にカザフスタンへ渡航が決定。

東日本大震災が3月11日に起こり、カザフスタンへの渡航日が3月18日だった私は、語尾に「スタン」とあるという理由だけで「危ない国」に行くという偏見を持ち、怯え、母の手を強く握りながら成田空港に向かったのを覚えています。カザフ人のハーフという事は知っていたものの、それを意識した事は一度もなくて、「カザフスタンはロシアという国の1部なんだろうな」としか思っていませんでした。

現地に到着後、9月からインターナショナルスクール入学に備え、カザフ人から「ロシア語」で英語のプライベートレッスン。レッスン中は日本語の紙の辞書を片手に、「be動詞」の概念が分からないまま必死にコミュニケーションを取り、なんとか基礎的な文法を習得。

ロシア語は勉強したことがなく、母親が生まれたときからロシア語を話してくれていたおかげでコミュニケーションは取れるレベルだったけれど、ロシア語の読み書きやアカデミックなロシア語の単語は知らなかったので、ストレスから英語が最初から大嫌いに。

基礎文法だけ習得し、2011年9月からIntensive Englishという「英語で行われる授業についていけない子達」が入るクラスに入り英語だけを勉強するクラスでインターに通い始めるも、日本人は1人もいないし、英語で会話もできないし、英語嫌いだし、授業も英語だけだから苦痛だし、毎日が最悪でした。

友達とスポーツと音楽活動

私が英検1級並みの英語力を3年で手に入れたきっかけはある韓国人の女の子とバスケと音楽でした。

入学した日が同じ韓国人の女の子がいてその子も英語が喋れなくて、英語が喋れない同士、意気投合し、その子と仲良くなりたいから英語を勉強する様になり、英語がみるみるうちに上達。

冬になるとインターではバスケのシーズンがあり、そこでバスケが上手いということで一目置かれ、たくさんの人に英語で話しかけられるようになり、中央アジアのインターナショナルスクールで行われるバスケの大会でMVPに選ばれてからは、学校の廊下を歩くたびに校内の生徒全員から挨拶を受けるようになりました。

それからというもの、運動神経だけは自信があった私は学校のスポーツ行事に積極的に参加し、中央アジアのインターナショナルスクール間で行われるサッカーの大会でもMVPを獲得。

そしてスポーツだけでなく音楽活動にも取り組みました。母親が元ピアニストということもあり、ピアノやクラシック音楽に興味があった私はインターナショナルクールで音楽の授業を取り、1年ヴァイオリン、1年サックスを独学で学び学校の様々な行事で演奏しました。

そういった音楽活動もインターでしていたので世界中からの友達がどんどん増えて、その中でも臓器が必要ならいつだって提供するしなんなら自分の腕だってあげることができる(もちろん冗談ですよw)一生の親友ともいえる親友に出会うことができました。

合格発表日前日に合格祝い

こんなフィーバーを迎えて慣れないカザフスタン生活も慣れてきたというタイミングで父親の駐在期間(3年間)が終わってしまい、日本へ高校2年の4月に帰国。

めちゃめちゃ中途半端な時期に日本へ帰国してしまい、受け入れてもらえる高校は少数な中、インターでは絶対に勉強しない「古典」や「漢文」、そして数学も日本のカリキュラムと違っていたので3年も遅れているのにも関わらず「数Ⅱレベル」を入試で求められ絶望。このまま高校を卒業できずに仕事も見つからずお金持ちと結婚するしかないのか、と思っていた矢先中学受験の頃の自分を振り返る。

あの時の自分はバスケを日本の最高レベルでしたいという「情熱」と「絶対に合格してやる」という根性で合格を勝ち取った。普通なら小学校4年生から始める中学受験を入試の3か月前に決めて、勉強して合格できたんだから、今回だって「絶対に合格してやる」根性があれば合格できる!と自分に言い聞かせ、「学習プランを作成し毎日机に向かってテスト対策を受験日2か月前に実施。

試験を終え、合格発表「前日」に家族で「合格発表のお祝い」をして、見事に合格発表当日に合格したことが判明!

毎晩書く日記の最後に「自分は絶対に合格する」という暗示をかけ、正しい学習方法と努力を重ねた結果、勝ち取った二度目の合格。

専攻変えて4ヵ月で大学を退学

この経験から「挑戦する気持ち」に対してへの恐怖や不安が消え、高校卒業後は直接アメリカ本土の大学へ進学。 大学のバスケチーム(DivisionⅢ)にも入り、本場のアメリカでアジア人選手が2人しかいなかったアメリカ中西部でバスケをガチでやりつつも成績はオールAキープ。

毎日バスケの朝練で4時に起きて9時まで練習、午後練も3時間、その後にベンチプレスも使う筋トレ1時間という生活をほぼ毎日やりつつも、アメリカ公認会計士(CPA)取得を目標に会計学を専攻にし、副専攻をフランス語に。今までの様に「根性」で勉強すれば達成できると思っていたけれど、アジア人差別をする教授の授業に当たってしまい、馬が合わなく、それまでオールAの成績だったのに初めてA-を取り、会計の勉強自体がつまらなかったので専攻をマーケティングに変更。

マーケティング専攻にしてから「自分は何を目標にアメリカにいるのか?」「これからアメリカという国に何年も滞在したいのか?」という疑問がよぎり、答えが見つからなかったので、専攻を変えてから4ヵ月で大学を辞め日本へ本帰国。

そして8カ月間休学し、せどりを経験。フランス語を副専攻にしていたこともありヨーロッパに興味があったので「旅をもっとしたい」「フランス語とロシア語をもっと話せる環境に行きたい」という思いでチェコにキャンパスがあるアメリカ大学(University of New York in Prague)に編入。

新たな大学へ入学して退学するまでの4ヵ月間

専攻は国際関係学にして、政治学を基礎から勉強し、中央アフリカについての分析をした全30ページに及ぶ論文を書き終えたタイミングで世の中に存在する様々な国際問題が理不尽なことに気付き、「語学力」と「これまでの国際経験」を活かしながら「国際問題」を組織レベルで解決しようとする国連で働くことを目標にしたいと思い始めました。

チェコに留学中に「旅」をたくさんしたかったものの、月曜日から金曜日まで各4時間の授業を毎日1個ずつ取っていて、二回以上欠席すると単位を落とすものが多かったので、思っていたよりもヨーロッパを旅することができなく不満に感じていたところ、「University of the People」というアメリカ大学なのにも関わらず「学費無料」で、しかしも「オンライン」という最高の条件の大学を発見。

しかし、即出願したものの、オンラインの大学に通うと「学生ビザ」は発行できないという事実を知り、海外でビザを取得できる方法を鬼ググっていた時に「オペア留学(Au Pair)」という、子供のお世話をしながら住み込みで働き、給料をもらいながら「生活費・交通費」が支給されるという「語学留学」があることを発見!フランス語を強化したかったので、オペア留学は自分にぴったりだと思い即行動。

ここまでのスピード感としては、チェコの大学を退学してUoPeopleに出願するまで1週間、その後オンラインの大学では「学生ビザが降りない」という事実を退学してから知り、速攻鬼ググってオペア留学の存在を発見した期間まで1日。

オペア留学をするためにFacebookで「France Au Pair」と検索してグループに入り、自己紹介文と写真を載せてオペアファミリーを見つけようとし、1番最初にメッセージをくれたスペイン人ファミリーがパリに住んでいて家族内ではフランス語とスペイン語両方を喋ると言っていたので、次の日にSkypeをして面談。とても感じの良いファミリーだったのでオペア留学をそのファミリーとすることを決意。

チェコにいられる期間が残り1か月だったということもあり、

退学→オペア留学を見つける→ホストファミリーを見つけるというプロセスはとてもスピーディーでした。

その後のオペアについては違う記事にまとめたので気になる方は是非。

現在もとにかく挑戦する日々

この様な経験を踏まえ現在私は日本でベンチャー企業にてバイト/インターンをしていて、UoPeopleの経営学士を目指しながら、2020年の1月からブログを本格的に始め、同時にイタリア語という新しい言語も勉強し始め、YouTubeも挑戦したり、インスタとTwitterは毎日更新、最近はNoteにも挑戦してみようかと思っています。

これまでの挑戦する日々の中で、私が様々な経験ができたのは全て支えてくれた周りの家族や友達、そして先生おかげですです。

私は幸運な事に、何をするにしてもとても良い先生に巡り合うことができ、私が挑戦することに対しいつも希望と勇気を与え続けてくれ、とても感謝しています。

そしてここまでの長文を読んで下さったあなたにも感謝をしたいです!

既にたくさんの応援のメッセージをSNSやブログを通して頂きましたが、どうぞこれからもサクライパンダへのご声援がもらえると嬉しいです🐼

UoPeopleに関して興味がある方は下の記事を参考に🐼

サクライパンダのSNS

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私の留学体験談とインタビュー

私が今まで関わってきた海外留学支援のサイトに私の自己紹介が載ってあるので、もっと深くプロフィールを知りたい方は下記リンクからどうぞ!

Good Friends Japan

Good Friends Japanという海外留学支援・紹介をしているサイトを通してキャンパスがプラハにあるアメリカの大学について知ることができ2018年の秋に留学することができました!↑の記事では私の自己紹介があり、私が投稿した他の記事もこのサイトにあります。

グローバルスタディ

BELPLUS

English Pedia

Principles of Finance 1の授業ノート公開!

Posted by sakuraipanda